山梨簡易裁判所 昭和52年(ハ)1号 判決 1978年5月30日
原告 雨宮清
右訴訟代理人弁護士 梶原等
被告 国
右代表者法務大臣 瀬戸山三男
右指定代理人 金丸義雄
<ほか四名>
主文
一、原告所有の山梨県東山梨郡勝沼町上岩崎字西田九六番の一の土地と被告所有の右土地の東側にある同所無番地の国道との境界は、別紙見取図のC、D各点を直線で結んだ線であることを確定する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告所有の山梨県東山梨郡勝沼町上岩崎字西田九六番の一の土地と被告所有の右土地東側にある同所無番地の国道との境界は、別紙見取図のA、B各点を直線で結んだ線であることを確定する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文第一、二項と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 山梨県東山梨郡勝沼町上岩崎字西田九六番の一(六〇一・六五平方メートル)の土地(以下「原告地」という。)は、原告の所有するものであり、右土地の東側にある同所無番地の建設省所管の国有道路(以下「国道」という。)は、被告の所有するものであって、両地は隣接している。
2 原告地と国道の境界は、請求の趣旨1記載のとおりであるが、被告はこれを争うので、この両地の境界が右境界であることの確定を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1項の事実は認める。
2 同 2項の事実は争う。
原告地と国道との境界は、主文第一項記載の被告主張の線である。
第三証拠《省略》
理由
一 当事者間に争いのない事実について
原告主張する原告地と国道が、それぞれ原、被告の所有に属すること、両地が隣接していることの各事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、被告は、原告主張する境界を争うので、次のとおり判断する。
1 本件係争地附近の占有状況について
《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 原告地及び原告所有の東山梨郡勝沼町上岩崎九七番の土地の東側に隣接する九八番の三、九八番の一の各土地は、もと訴外金井巌の所有であったところ、訴外雨宮義一は、九八番の三の土地を訴外金井巌から借受けて、建物を建築して居住していたが、昭和三年ごろ、訴外金井忠良が右訴外雨宮から右建物を買受けて居住することになった。
(二) 右巌と右忠良との間で、昭和三一年ごろ、九八番の三の土地と、右忠良所有の畑一〇〇坪と補足金をも加えて相互にその所有権を移転する旨の交換契約が成立した。
(三) 被告主張する九八番の三の土地、九八番の一の土地と原告地、九七番の土地との境界線(別紙見取図のI、I'、O、H、Dの各点を結んだ線)に沿って、右巌の先代からいわいし(山の石)を積んだ石垣(これを以下「旧石垣」という。)が存在し、原告は旧石垣の位置に関し、以前より右忠良、右巌らに対し、何ら異議を述べたことがなかった。
もっとも、原告が原告の父訴外亡政清から聞いたとして、訴外金井博美の祖父訴外亡佐太郎時代に別紙見取図のO点からG点に向ってA点まで全般にわたり石垣が順次崩れたことがあり、右佐太郎は右政清の異議の申入れにもかかわらず、のり出した石を根石として、その石積みを積み上げたことがある旨の原告の供述部分が存するけれども、原告が子供のときの出来ごとであり、原告自身が目撃したものでないこと、したがって、その部分はいわゆる伝聞で直接経験した事実を供述するものではないから、にわかに措信しがたく、他に右事実を認定するに足りる証拠はない。
もっとも、原告地附近一帯は、多量の雨が降るたびに上部から下部に向って雨水が流れるため、下部にある原告地を含む各土地は常に水におおわれるような状態になり、ことに、各土地の境界が石積みである場合には、それがしっかりした石積みでない限り崩れやすいため、原告地、九六番の二、九七番の土地と九八番の三、九八番の一の各土地との境界と目されるべき石積みの一部が崩れたりしたことの事実は認められるけれども、如何に素人がいわいしを積んだにせよ、いわゆる根石まで、のり出したり、崩れてはみ出したことについての適確な証拠があればともかくも、原告本人の供述のみでは、にわかに信用しがたい。
(四) 右忠良は昭和四九年一〇月初旬、九八番の三の土地に建築されている建物が老朽化したこともあって、建物の建替えを含めて作業所の新築をすることになったので、敷地を整地するため、旧石垣を改修することになり、旧石垣の根石の上に石積みして(別紙見取図のH、Dの各点を結んだ線上)新しい石垣を構築した。
また、右H、D線にほぼ沿ったところには、原告が造ったぶどう棚の支線がはりめぐらされ、また、柿の木が存在し、右石垣は右H、D線からはみ出して原告地内に侵入する余地がなかった。
もっとも、旧石垣を改修する際、旧石垣の根石までとりはずした旨の原告の供述部分が存するけれども、《証拠省略》に照らし、にわかに措信しがたく、他に右事実を認定するに足りる証拠はない。
なお、旧石垣を改修するに先だって、原告が右忠良に公図どおりに石積みをするように申し入れた旨の原告の供述部分が存するけれども、前記認定事実のとおり原告の先代及び原告が長年にわたって旧石垣の位置について何ら異議の申し入れをしていなかったのであるから、仮りに右供述部分が信用できるとしても、右認定を妨げるものではない。
(五) 昭和四九年一〇月中旬、原告から塩山土木事務所に、本件国道上の一部に右忠良が石積みしているから現地へ行って調査して欲しい旨の行政相談があった。そこで、同事務所の訴外北村誠三用地管理係長が現地に赴き、本件国道と隣接地の所有者である原告、右忠良、訴外辻らの立会いの上、訴外辻と原告との各土地の境界は従来から争いもないということから、右争いのない境界線を基準として分間図(公図ともいわれる)を参考にして見ると、国道の幅員が約一・八メートルある筈のところに、約九〇センチメートルが右石積みで侵食されていたことが判明した。もっとも、右調査は本件国道上、どの位、右石積みが侵食されているのかを調査する目的であったことから、本件国道と原告地の境界を調査したものではなく、また、境界を測量したり、地積測量したものでもなく、当時、原告地と右忠良の土地との境界に争いのあることについて何ら知る由もなかった。塩山土木事務所としては、行政指導として右忠良に対し、本件国道に侵食している石積みを撤去するよう口頭で二回通告したが、これに応じないので、書面を起案し、同内容の書面で通告したが、これにも必じなかった。
なお、右書面に添付された図面は、分間図の写であって、実測図でもなく、また、本件国道と原告地との境界、原告地と右忠良との境界を明らかにするためのものでもなく、ただ撤去の場所を特定するために過ぎないものである。
以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 原告地及びその附近の各土地の公簿面積と実測面積の対比について
原告地、九六番の二、九七番の各土地(合計)の公簿面積が一三七四・九五平方メートルであることは当事者間に争いのないところ、前顕鑑定の結果によると、原告主張どおりの原告地と国道との境界であると仮定して、前記各土地合計(別紙見取図のA、B、G、O、I、J、Q、Aの各点を直線で囲んだ部分)の実測面積が一四八二・二二一二平方メートルであることが明らかであるから、前記各土地(合計)の実測面積は公簿面積に比して繩延びがあることの事実が認められる。
しかしながら、九八番の三、九八番の一の各土地の公簿面積、実測面積が証拠上明らかでないことから両各土地との比率がどのようになるか明らかにすることはなし難いことからして、右比率からして、本件境界線を推認させる一資料とすることはできない。
3 原、被告主張の境界線と公図上の筆界線との比較等について
《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 原告地と九九番の一の土地の境界の一点である別紙見取図のQ点は九九番の一の土地所有者訴外辻とはもとより当事者間にも争いのない地点であることが認められるのであって、右争いのないと認められる事実は、本件境界の判定のための一資料とすることとする。
(二) およそ、ある地番の土地の位置や形状はいわゆる公図によらざるをえないところ、現況と公図と一致しない場合、どの地点を基準として比較するかにより公図と現況との比較差に影響するから重要であることはいうまでもないが、前記認定のとおり、当事者及びその隣接地の所有者である訴外辻間の争いのない右Q点を基準とすべく、公図から得られた別紙見取図のQ'点、I'点、J'点、それに、現地の実測によって得られた同図面のQ点、I点、J点について、Q点とQ'点を重ね、I点とI'点、J点とJ'点とは位置がずれているので直接に各点を重ねられないことから、I点とI'点、J点とJ'点とを公図上の筆界線上で合わせると、同図面のQ、P線が公図上表示されている原告地と九九番の一、九九番の二の各土地の筆界線であるQ'点とP点とを直線で結んだ線とほぼ重なり合う結果になること、そして、公図上の原告地及びその附近の各土地並びに道路と現況における原告地及びその附近の各土地並びに道路の位置、形状が、大体であるが、ほぼ一致していることが認められる。これからすると、公図上に表示された九八番の三、九八番の一の各土地と原告地、九六番の二、九七番の土地の公図上の筆界線である同図面のB'、G'、O'、I'の各点を直線で結んだ線を、原告主張するところの右各土地の境界線、同図面のB、G、O、Iの各点を直線で結んだ線と、被告主張するところの右各土地の境界線、同図面のD、H、Iの各点を直線で結んだ線とを比較すると、原、被告主張する各境界線とも、公図上に表示された筆界線とほぼ同一方向に走っていることが認められ、強いていえば、その位置は原告主張する境界の方が類似しているといえること、原、被告主張する右各境界線のそれぞれの延長線と、同図面のQ点とE点とを直線で結んだ線上に原告主張するA点、被告主張するC点がそれぞれ存在すること、そして公図上に表示されている国道と原告地との境界線の位置はどちらかといえば、原告主張する境界線の方が被告主張する境界線よりも類似している。
(三) 公図上に表示されている国道の幅員が正確であることは公知の事実であるというべく、《証拠省略》によれば、公図及び実測図(前顕鑑定の結果)を、三角スケールで原告地と国道に接する国道の幅員、国道と町道に接する国道の幅員をそれぞれ測定したところ、実測図ではいずれも一・八〇メートル、公図上では原告地と国道に接する国道の幅員一・七〇メートル、国道と町道に接する国道の幅員一・五〇メートルであること、そして、右測量図は公図六〇〇分の一を三〇〇分の一に拡大したものであって、拡大する際に誤差が生ずることは技術上妨げられないこと、さらに、三角スケールで測定する際にも測定上の誤差が生じること、したがって、公図上の国道の幅員の測定の誤差が多少生じたとしても止むを得ないことが認められること、原告地と国道に接する国道の幅員とは、前記のような誤差を勘案すれば右公図に表されてある国道の幅員とほぼ見合うものといえる。
以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
なお、原告地が原告所有であること、国道が被告所有であって、両地が隣接していることは、当事者間に争いがないところであるが、《証拠省略》を総合すれば、訴外金井忠良が国道の半分くらいのところに石垣を構築し、同訴外人所有の前記九八番の三の土地は右石垣部分をも含むのだと主張していることが認められる。
そこで、原告地、国道、前記九八番の三の土地の三つの各土地が相隣接していることから、原告としては、被告と訴外金井忠良を共同被告(必要的共同訴訟)として訴を提起しなければ不適法ではなかろうか、との懸念もあるが、裁判所は、右三つの各土地の境界点については当事者の主張に拘束されないことは勿論のこと、また、いずれかの他の隣地との境界に影響を及ぼす可能性があると考えられることから、そのような場合に、すべての関係地の所有者を当事者としなければならないとすると、限りなく広がっていくおそれがあること、原告地と国道との境界についての判決は前記九八番の三の土地の境界には、法律的には直接影響がないことなどを考えると、右の場合には必要的共同訴訟でないとするのが相当である(大審院大正三年一二月一三日判決、民録二〇輯一一七三頁、村松俊夫著、境界確定の訴<増補版・有斐閣ブックス>七九頁各参照)。
右認定の事実によれば、公図上の筆界線の位置を比較すると、原告主張する境界線の位置の方が、被告主張するそれよりも、類似していることが明らかである。
しかしながら、右公図の記載との比較だけによって、直ちに原告主張を正当とみなすことは困難である。公図は区画と地番とを明らかにするもので、土地台帳法施行細則第二条によって土地台帳に附属されたものであるが、実際の作成は明治六年地価台帳制を施行した当時、数年かかって作成された図面が引継がれたものであることは裁判所に顕著な事実であり、この図面は測量技術の不完全から現在不正確な面もみられるが、境界が直線であるか、そうでないか、或は曲線か、どの方向なのか、というような地形的のものは比較的正確で、距離角度などの点に不正確さが強く表われているといわれている(前掲境界確定の訴二〇頁参照)。そうすると、土地の現況、その他境界に当って実際上重視される客観的な資料が存在する場合に、たまたま一方の主張する境界線の位置が公図上の筆界線の位置に類似するというだけで、他の資料を一切無視して直ちに一方の主張を正当とみなすことは到底妥当といいがたい。
そこで、本件をみるに、前記認定のとおり被告主張の境界線上にほぼ沿って石垣が存在し、また、それに沿って原告が造ったぶどう棚支線、柿の木が存在すること、及び原告の先代並びに原告が旧石垣の位置について右佐太郎、右巌、右忠良らに対し異議の申し入れをしたことがなかったことを考え合わせると、これらの旧石垣は、長年月にわたって各所有者によって境界として暗黙に認めて来たものと認められ、しかも、被告主張の境界線も、右実測図のO点からH点、D点に向うにつれて、ごく浅い角度で何度か曲っている延長のC、D線が、ほぼ公図上の筆界線と同一方向に走っていて、その位置において公図上の筆界線とそれほど甚しいくいちがいが存しないといわなければならない。
三 結論
以上のとおりであるから、公図からみると前記石垣は若干一部ふくらみがあって、公図上の筆界線と多少異なるけれども、他に本件境界を定めるに足りる境界石、その他の標識が存在しないから、多年関係者が認めて来た両地の境界の所在を示す前記石垣が原告地と前記九八番の三の土地の境界と定める資料とするのが常識に合致し、かつ合理的で条理にもかなうから、右石垣を延長する被告主張の境界線をもって、本件原告地と国道の境界と定めることとする。訴訟費用について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小林秀夫)
<以下省略>